私たちは、酷く似ている。

  ループ

  仁王君が、怪我をした。


  いつものようにふざけていて、真田君に殴られたそうだ。
  そして、殴られた拍子にふらついてボールのカート衝突。
  打ち所が悪かったのか少し出血し、脳震盪で保健室へ連行されたらしい。





  「っ!仁王君、大丈夫ですか!?」

  私は勢いよく保健室のドアを開ける。

  オフホワイトのカーテンの向こうから、仁王君がひょっこりと顔を覗かせ

  ひらひらと絆創膏の貼られた手をはためかす。

  「おぉ、柳生。見ての、通りじゃ」

  頭には白い包帯。

  トレードマークの銀のしっぽはほどかれて。

  「どうして、とお聞きしても?」

 いつもはうまく逃げてみせる貴方が、どうして。

  彼は、傷が痛むかのように顔をしかめる。

  ・・・違う。

  微笑ったのだ。

  「俺が、真田をからかったから、かの」

 はぐらかすかのような答え。
 
 そんな事を尋ねているのではないと、きっと彼も知っている。

  白い頬にはさらに白いガーゼとテープ。

  カーテンをすり抜けて、午後の光が踊る。

  「じゃが・・・」

  清潔そうな白いシーツには深い影。

  「これで真田は前科一犯。傷害罪じゃな」

 三日月の唇から零れた剣呑な言葉に

  「何を言っているのですか」
 
 私は、少しの寂しさを読み取る。 

  「真田も、もううかつには手が出せんじゃろ」

  吸ったままの息を吐く。

  「まさか、わざとだったのですか?」

  「いや、偶然じゃよ?」

  彼の『偶然』が酷く『必然』に近い事は承知の上。

  「そこまでして、何がしたいのですか、仁王君」

  「楽しい楽しい部活動」

  ピヨ、と彼は呟く。

  「・・・あまり、心配をかけないで頂きたい・・・」

  結局、彼に説教なんて出来るわけがないのだ。











  部活をサボろう、という彼に誘われて、そのままベットの横のパイプ椅子に座って本を読む。

  彼は手持ち無沙汰なようで、私の髪で遊んでいる。

  彼は、私の髪をいじるのが好きだ。

  私は、彼の髪の方が好きだ。

  そう言うと彼は、

  「やっぱり似とるの」

  と笑った。

  どうして、私たちはこんなに似ているのだろう。

  外見が全く違う上に、性格だって似ても似つかないのに。



  「のぅ、柳生」

  ぱらり、と紙をめくる音だけが響く。

  「なんですか。それと、髪を触るのを止めていただきたい」

  彼は小さく、ふふ、と笑う。

  「これで、真田は忘れんじゃろうな」

  本当に、幸せそうに笑う。

  「まぁ、確かに忘れがたい思い出にはなるでしょうね」

  彼の手は、まだ私の髪に触れている。

  少しの沈黙。

  髪をいじられてずれた眼鏡のブリッジを押さえる。

  開け放たれた窓から風が入ってカーテンを揺らす。

  「のう、柳生。これで、真田は……っ」

  「?」

  唇を一瞬、きつく噛みしめる。

  「いや、なんでもない・・・」

  それはそうと、と彼は話題を変えた。

  私は、当たり障りのない相槌を返す。


  どうして、私たちはこんなに似ているのだろう。

  外見だって、性格だって、生まれたところも、育った環境だって違うのに。

  私たちは、酷く似ている。

  私は、彼の想いを知っている。

  彼は、ちゃんと知っている。

  あの人の心には入れない。

  もう、そこに住んでいる人がいる。

  何年も何年も前から、ずっと。

  後からの方が不利だ、という事ではなく、

  たとえ早く出会っていても、結果は同じだっただろう。

  彼は、それも知っている。

  私は、彼が飲み込んだ言葉を知っている。

  唇をかみ締めて飲み込んだ気持を

  その戸惑いの意味も、もどかしさの理由も。

  声にならなかった問いかけを

  伸ばせなかった手も、気を惹くための嘘も。

  私は、知っている。

  

  (しかし、仁王君。
  
  罪悪感で彼を繋ぎとめようとするなど貴方らしくもない事をしたものです)


  どうして、私たちはこんなにも似ているのでしょうね。

  どちらも、不毛な想いを抱いているからでしょうか?





  「仁王君」

  不意に声を上げた私を、彼は真っ直ぐに見る。

  「明日は、ちゃんと部活に行きましょう」

  「お、おぉ・・・?」

  「そして、真田君に謝りましょう」

  「なんで俺が」

  どうして私たちは似てしまったのだと思いますか、仁王君?

  「なんででもです」

  私は、彼の手をとる。

  「ついでに、真面目に部活動をしましょう」

  「なんなんじゃ、柳生・・・」

  「そちらの方が、真田君は戸惑うでしょう」

  額に手をついて、困惑のポーズ。

  いちいち芝居がかった動きをする君が好きです。



  「ということで、今日は帰りませんか」

  今帰らないと、部活帰りにばったり会ってしまいそうですし。

  そう笑いかけた私の頬を、両手で軽く叩くようにはさむと、彼は

  「なかなか不良になったの、柳生」

  と頬に貼られた白いテープをゆがめて笑った。













とある日の28。イメージ的には柳生→仁王→真田→幸村の不毛ループ。


07.01.26  Hinagi Maki All Light Reseive

戻る